くろりだいあり〜

中央省庁の中の人による雑記ブログです。

国会答弁24時

【この物語に登場する省庁、法律、事業等は全て架空のものです。国会答弁の裏に隠されたストーリーをご覧下さい。】

午前2時、ほとんどの明かりが消え、不夜城とも言われる霞ヶ関のとあるビルの一角から煌々と光が漏れていた。

健康省中年局整容課、ここにはまだ課長補佐、係長、係員が三人残り明日の国会に向けた準備に追われていたのである。時を戻そう…

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午後9時
係長「…まだ国会解除されないの?」

係員「そうですね…システム上だとA党の佐藤がまだ要旨出してないみたいです」

係長「ありえねええええ」

翌日に国会を控える場合、総理や各省庁の大臣に質疑を行うにあたって、事前の質問通告が与野党からなされる。

その質問内容を大まかに記したものを「要旨」というのであるが、これが出されないとそもそもどの省庁に質問されるのかが分からないため全省庁が待機することになるのである。

ちなみに課長以上の幹部級は自宅で待機してもよいこととなっている。

課長補佐「A党は党内協議に時間がかかっからなぁ…」

係長「明日は4つの委員会があって、通告されてないのはこの予算委員会だけですよ」

係員「こいつらいつも遅すぎませんか?もう定時3時間すぎてますよ」

係長「まぁ終わってない雑務片づけておこう。みんな残ってるのをいいことに今から仕事振ってくる省庁もいるし」

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午後9時35分
プルルルルプルルルル ガチャ
係員「はい、整容課です。」

総務課『総務課です。総理問が当たりました。』
※総理問とは国会答弁者に総理大臣を指定された質問のこと。

係員「マジですか…佐藤君のやつですよね…」

総務課『はい、ご愁傷様です…。問の内容は今からメールで送ります。』

係員「わかりました…」ガチャ

係員「補佐~~…総理問当たっちゃいました…」

課長補佐「これはやられたなあ…終電までに帰れるといいが」

係長「メール来ましたよ。4番目の問でガッツリうちの所掌ですね」

問4.今般、中年層の薄毛問題が深刻化している。今後政府はどのように薄毛対策をすすめていくのか。総理の見解を問う。(レク無し・問い合わせ不可)【健康省】

係員「対総理でこれ聞きます?健康大臣でいいじゃないですか」
※答弁の対応者は総理・各省庁の大臣・政府参考人(役人あるいは民間人)の3パターンがある。

係長「何考えてんかさっぱりわからんが…とりあえず答弁作ろう」

課長補佐「レク無しで問い合わせ不可はきついなぁ。薄毛問題って病気や医薬品の副作用も含むと思うか?」
※レク=質問の内容についてより詳しく質疑する議員へ確認する面会のこと。

係長「中年層とあるので老化による一般的な脱毛のことで大丈夫だと思います」

課長補佐「答弁が長くなっても困るし、問の内容からして副作用は考えなくてよさそうだな。じゃあ答弁のたたき台が出来次第、科学省にメモ出しを依頼しよう。合議申請しといて」

係員「承知しました。」

基本的に、ある政策について一つの省庁の一つの課が単独で所掌していることはない。

複数の省庁がそれぞれの所掌に基づいて、政策を形作っている。今回の「薄毛問題」に関していうならば健康省・科学省・産業省が連携して対応しているわけだ。

「薄毛」に限ったそれぞれの所掌事務は以下の通り。

健康省(整容課):医療分野の薄毛治療に関する補助事業、法律に関すること。

科学省(生命科学課):理研などの国立研究開発法人における毛髪の研究開発に関すること。

産業省(医療産業課):医療産業の振興に関すること。

整容課は薄毛対策の答弁作成については通例、科学省での毛髪研究についても触れることが多いため、科学省にも答弁の共同作成=合議を申請することになっている。

(電話)
プルルルルル…
係員「お世話になっております。健康省整容課の○○です」

生命科学課(の係員)『お世話になっております。生命科学課です。問内容がオープンになりましたね。見ましたよ』

係員「さすが話が早い。うちが主担当で薄毛当たっちゃいました」

生命科学課『災難でしたね。いつも通り、対策に関することなのでうちでやってる育毛の研究開発の内容入れるんですよね』

係員「はい。お願いします。科学省を合議に入れて国会室に返しておきますね」ガチャ

係員「合議申請はやっておきます。」

係長「僕は今、過去の答弁を元に見繕っておきますよ」

課長補佐「俺は内閣官房に方針伝えておくから、任せた。」

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午後10時

係長「こんな感じでどうですかね。前回の臨時国会の時に健康大臣に聞かれた問の内容とほぼ同じなのでこちらで仕上げておきました」

課長補佐「…まぁこんな感じになるよな。研究開発の書きぶりは前と同じでいいか科学省に確認しよう」

係員「答弁を科学省にメールで送りました」

課長補佐「じゃあ電話するか…」

(電話)
プルルルルル…
課長補佐「あーお疲れ様です~。健康省の××です」
生命科学課(の課長補佐)『お疲れ様です。メール見ましたよ。これ12月のやつですよね』

課長補佐「そうなんですよ、あれをベースに作ってます。」

生命科学課『ウチの内容もしっかり載せていただいてますね。ありがとうございます。ただですね、答弁内の「戦略的育毛研究推進事業」は年度末で事業終了なんですよねぇ』

課長補佐「おっと、そうだったんですか。すみません」

生命科学課『いやいや、なのでこの事業は答弁から落とす必要があるんですが、代わりに何入れようかなぁ…「頭皮イノベーション創出研究費補助金」入れられるかな。ちょっと検討して案をメールで返しますね』
課長補佐「はい、ありがとうございます。よろしくお願いしますね」ガチャ


課長補佐「育毛のやつ記載落とすらしい」

係長「それ落ちたら科学省の合議いらなくなりますね」

課長補佐「頭皮イノベーション入れるかもしれんと言ってた」

係員「頭皮イノベのHP見てるんですけど、これ育毛っていうか頭皮環境に係る研究じゃ…」

係長「頭皮環境だって育毛の大事な要素じゃないか」

課長補佐「まぁそこは科学省にうまくやってもらおう」

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午後10時30分

係員「科学省から修正バージョン来ました」

課長補佐「内容見たけど、事業の紹介してるだけだし特段問題ないだろ。じゃ、あとは局幹部の了とって総務課長に見せるか」

※各省庁における答弁の幹部確認プロセスは審議官→局長→総務課長となっている。これが終われば省内の調整は終了

【省内の長いプロセスは割愛】

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午前0時10分

総務課長『確認しました。こちらで進めてください』メール
係長「やっと終わった…」

課長補佐「まさか総務課長にA党佐藤の関心分野の育毛法の改正を付け足せと言われるとは」

係員「もう答弁の原型無くなってきましたよ」

課長補佐「メールも送ったし、あとは内閣官房に連絡だ…」

(電話)
プルルルルル…
課長補佐「お世話になっております。遅くに申し訳ございません。健康省の××です」

内閣参事官「お疲れ様。佐藤先生の問で散々だね」

課長補佐「本当ですよ…」

内閣参事官「メール見たよ。じゃあこれで総理秘書官に確認しておくね。」

課長補佐「ありがとうございます!」ガチャ


課長補佐「よーし、これで何とか帰れそうだぞ!」

係長「この時間だとタクシーですね」

係員「家に帰ってゲームしたかった…」

課長補佐「院内(国会議事堂)に持ち込む準備して」

係員「そうだまだ帰れなかったんだ…」

総理秘書官の了を取った答弁は国会議事堂内に必要部数持ち込む必要がある。

ド深夜には国会と省庁を繋ぐ定期便は出ていないため、係員はチャリンコを漕いで国会まで紙を届けるのだ。

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午前0時40分

プルルルプルルルプルルル
係員「お、参事官かな」ガチャ

係員「はい、健康省整容課です。」

総理秘書官「お疲れさまです。秘書官の▲です、補佐と変わってください。」

係員「(げ、秘書官かよ)承知しました。少々お待ちください」ピ
~~~♪(保留音)

係員「秘書官でした。答弁修正かもです…」

課長補佐「死にたいな。変わって。」

係員「繋ぎます」ピピピ

課長補佐「はい。××です。」

総理秘書官『この答弁なんですけどね、総理はプライベートでロトー製薬の育毛剤使ってるんですよ』

課長補佐「はぁ」

総理秘書官『それで先月の育毛法の改正なんですが、この改正でミノキシジルが3%以上配合されてる医薬品については優遇するって条文に入れたでしょ?あれなんでしたっけ』

課長補佐「ええと…」(関連法令集をめくる)

課長補佐「ミノキシジル又はフィナステリドを8%未満含有する、壮年性脱毛症における発毛、育毛及び脱毛の進行予防を目的について医薬品については薬事法に定める第2類医薬品とする。ってやつですよね」

総理秘書官『そうそうそれそれ。それなんだけど製薬会社の優遇なんじゃないかって声がチラホラあって、総理も育毛剤使ってることがスッパ抜かれたら余計うるさくなるじゃない』

課長補佐「そうですかねぇ…」

総理秘書官『ま、そういうわけで、このかなりポジティブめな答弁でもいいんだけどもう少し一歩引いたような客観的な視点での答弁にしてくれませんか?』
課長補佐「な…なかなか難しいですね…」

総理秘書官『もうこんな時間ですし、省内に確認は取らなくていいからこっちに直接送って下さい。それでは』ガチャ

課長補佐「」

係長「なんとおっしゃってましたか?」

課長補佐「作り直しだと」

係長「」

―冒頭に戻るー

この後答弁は完成したのか、総理秘書官の無茶ぶり修正にこたえることは出来たのか?


答えは予算委員会の議事録のみが知る…。